性同一性障害、特にFTMで悩んでいる人に聞いて欲しい事

性同一性障害、特にFTMで悩んでいる人に聞いて欲しい事

どもです。

先日NHKで放送された番組を僕も見ました。でまぁ、僕としては頑張って暗い面を出した方だと思うんですが、ご覧になった方、いかがでしたでしょうか。

今日は性同一性障害のFTM(=女性から男性になった人)の当事者である僕が、悩めるFTMの方に伝えたいことを書こうと思います。

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誰を責めても何も変わらない

このブログはほぼほぼ知り合いしか読んでいないと思いますが、もし読んでいる方でFTMの方がいれば、あなたは多かれ少なかれ面倒な人生を送ってきたことでしょう。

着たくもない服を着たり、好きでもない人を好きだと言ったり、したくもない化粧をしたり、時に、言いたいことがあってもじっとこらえて、顔だけはニコニコと笑っていることがあったかもしれません。

カミングアウトに失敗して友達から遠ざけられたり、見知らぬ人に「ねぇあの人女?男?」とひそひそ話をされたり、女の子なのに○○だよね、と言われたこともあるかもしれません。

家族の期待に応えられない、いい娘で、いい姉でいられない、結婚できない、親に孫を抱かせられないことについて何度も何度も考えたことがあるかもしれません。

 

消えてなくなりたい、自分なんか生きてる価値がない。

欠陥品だ、家の恥だ、死んでしまえば良い。

っていうか、

なんで自分なんかが生きてるんだろう。

 

こんな風に思っているかもしれません。

僕はずっとそうでした。

僕は今では「まぁ、別にそんなに大変てこともないですわw」と、飄々とした態度で性同一性障害を語ることが多いです。事実、今ではそう思っています。たまーに嫌になることもありますが、大半はハッピーハッピーな感じで生きています。普通の人より人生楽しんでる気さえします。

でも最近、僕にもそう思えなかった時期があったことを忘れてはいけないと思いました。


これはまぁここ1年くらいずっとそう思っていたんですが、要は僕がカッコつけたかったんですよね。別に辛くないよーん、と。だから自分でも気づかないうちにだんだんと、つらかった時期のことをなかったことにしていってる。本当にそれでいいのだろうか?

勿論、辛かったのはもう過去のことですし、その経験は必要なものだったと思っています。

 

大人への門出の成人式は僕にとっては最悪の思い出です。当時すでに多くの人にカミングアウトをしていました。しかし父親や弟にはカミングアウトしていませんでした。家族で知っているのは母親だけ。だから成人式も「女の子らしく」しなければなりませんでした。僕は振袖を着て前撮りをすることになりました。

僕は嫌で嫌でたまらなかった。それこそ本当に消えてなくなりたかった。

高校生まで何のためらいもなく女子の制服を着て、大学1年生では化粧もしていたくせに、不思議なものです。女性としての生活をやめた途端、堰を切ったように自分がこうしたい、したくない、という自我が芽生えたかのようでした。

前撮りを終えて、重い体をばたりと布団に倒れこませて、僕は思いました。

「心が弱いから、こんなにつらくなるんだよな。情けないな」

成人式本番の朝、僕は起きませんでした。具合が悪いから行かないといいました。ばればれの嘘です。でも振袖を着るくらいなら行かない方がましでした。そんな姿で人に会いたくない。昼前にのろのろとスーツで行きました。レディーススーツでした。

そんな思い出も、時が経てば無情なほどに、まるでそもそもなかったことのように風化し、記憶からもほとんど消えていました。

でも取材をされている中で思い出しました。僕にも確かに、そんな時期はあった。

 

本当に悲しいことは、自分を責めて傷つけることです。誰も悪くなくて、誰も責められないと思っているから、たとえ周りの人に腹が立っても、その憎しみの矛先は自分に向かう。人にはためらってできないような残酷な攻撃も、自分になら平気でできる。だから、痛い。

でも、そんなことしたってあなたが傷つくだけです。

あなたが傷ついて喜ぶ人なんかいません。あなたのことを大切に思っている人は悲しみます。そしてあなたのことを大切に思っていない人にとっては、あなたが傷つこうがどうでもいいことです。

時に人は人の心を傷つけます。しかしそれは大抵、人を傷つけようとして行っているというよりは自分が思うまま何の配慮もなく行動しただけです。傷つける、という明確な意思をもって人の心を傷つけることはあまりないように思います。

でも、あなたは時にわざと自分が絶対に言われたくない、絶望に満ちた言葉をかき集めては、その先端を尖らせて、荒々しく自分の胸に突き刺します。

気持ちは、とても分かります。同じことをしていたから。でもそれは本当に不毛なことです。そんなことしたってあなたが傷つくだけで、現状は変わりません。何か変わるならやってもいいかもしれません。でもそんなことをしさえすれば、次の朝目覚めたら、あなたは望む体を手に入れて、今までの辛かったことは全てなかったことになっているのでしょうか。

時に自分ではなくて周りを責める人もいるかもしれません。でも、それでも何も変わりません。他人のせいにするだけでは、他人は変わらないのです。

 

悲観するだけなのはやめよう

何が悲しくて、何に不満があるのか、はっきりさせましょう。

紙に自分の気持ちを書いてください。辛かったことを書いてください。どうなりたいのか、どのように扱われたいのか、書いてください。

何が不満なのか、書いてみてください。性同一性障害であるせいで、何ができないのか書いてみてください。もしそうじゃなかったらしたかったことを、書いてみてください。

その中の3割くらいは、努力じゃどうしようもできない、あきらめざるを得ないことかもしれません。でも残りの7割、それは本当に今のままじゃできないことでしょうか。むしろ、それは本当にやりたいことでしょうか。

 

それはこうじゃ、人は人生のある時点で、自分に起こってくることをコントロールできなくなり、宿命によって人生を支配されてしまうということだ。それが世界最大のうそじゃよ

僕の好きな小説、アルケミストに出てくる言葉です。

性同一性障害だからロクな人生を歩めないなんて、大間違いです。それはあなたや、かつての僕が勝手に妄想した作り話です。

あなたは「普通に」生きていくことができます。少なくとも今の日本の社会であれば。

ただし、人一倍努力することは忘れないでください。人より何歩分か後ろにスタートラインが引かれていることを覚えておいてください。また、あなたの辛い経験は無駄ではないということを忘れないでください。

性同一性障害じゃなくたって辛いことは世の中にごまんとあることを覚えておいてください。あなたの周りの穏やかに笑う人にも、実は大きな悲しみや辛い思いはあるのかもしれないと、常にそう思っておいてください。

そして、強いことは弱音を吐かないことだなんて思わないでください。本当に強いことは物事と自分の心の状態を正しく理解し、今に目を向けるよう心掛けることです。人を思いやれることです。

 

カミングアウトも男として生きることも絶対じゃない

僕はカミングアウトをしてから人生が楽しくなりました。でも、カミングアウトが絶対だとは言いません。環境に左右されるからです。言いたくなければ言わなくてもいい。状況によっては言えばいいし、ここでいうのはまずいなと思ったら言わなければいい。

最近twitterで、ゲイの方がカミングアウトに失敗したというのを見ました。

ゲイをカミングアウトした男性が友人に絶交される「人として終わってる」

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まぁこの記事の賛否と真偽は置いておいて、失敗もあるし周りの環境によっても生きやすくなる場合もあればその逆も然りなので、見極めが大事です。まだまだね。

 

そしてFTMの方でよくいるのは、男の戸籍を手に入れることが人生の目的になっている方。

これは、まぁ考え方は人それぞれなのでそれも「アリ」だと思いますが、そんな人生でいいんですか?もっと楽しいことはいっぱいあります。

戸籍上の男になるのは簡単です。必死で働いて何百万かためて、ホルモン注射打って、体にメス入れて、術後の痛みに耐えて、裁判所に変更を申し立てるだけで、あなたの戸籍は男になります。ただし、本物の男には絶対になれませんが。でもあなたはそんなことするためだけに生きているんでしょうか。

オペもそれぞれです。胸だけ取りたい人、ホルモンだけ打つ人、何もしない人。

周りがやるから、ではなくて、あなたの人生にとってそれが必要か否かで考えてください。戸籍の変更も性別適合手術も、あなたのより良い人生のための手段であり、目的ではないはずです。あなたの人生がより良いものになると思うのであれば、周りが反対してもやるべきです。

そして全てを否定しないこと。女にしかわからないことが分かるのをメリットだと考えましょう。嫌な思いをしたのなら、その分周りを思いやることができるはずです。

 

 

僕は正直、FTMの人が苦手です。仲のいい友達もいますけれど。いや、FTMだから苦手なのではなくて、上記のような考え方ができない人が苦手なんだろうなと思います。辛い事ばかりを話し、窮屈そうに男になることだけを目指し、女の話ばっかりするFTMが、苦手。かく言う僕は性格悪いですよ。すぐこんなこと言うし。笑

でも性格悪い僕も性格悪いなりに、普通に楽しく生きてますからね。少しでも、前向きに物事を考えられる当事者が増えたらいいなと思ってます。

世の中の流行りに便乗して、当事者も変わろうぜ。

 

2018年4月5日追記

この記事から丸二年が経ちました。多くの方にこの記事を読んでいただいているようで、嬉しい限りです。ここに書いてある思いは二年たっても変わっていません。

この記事はいろんな人を励ましたいという気持ちで書いたものですが、励まされているのは実は僕の方なのかもしれませんね。