僕が性同一性障害でよかったなぁと思える10のコト【旧ブログより転載】

  • 2016.04.17
  • FTM
僕が性同一性障害でよかったなぁと思える10のコト【旧ブログより転載】

※この記事は以前のブログと同じ内容のものに加筆・修正をしたものです。

4月26日から5月2日はレインボーウィークだそうです(2015年の話です)。LGBTを始めとする多様なセクシャリティの人達が自分らしく前向きに生きていける社会をみんなで応援し、サポートする週間。だそうな。いい機会なので、今回は僕もLGBT関連、というか性同一性障害(今は性別違和だけど)について書こうと思います。最近はやりの「○○で△△な×のコト」って感じの記事が書いてみたかったので、コレでいきます。

題して

「僕が性同一性障害でよかったなぁと思える10のコト」

ってことで、あくまで僕の主観ですがね!

いってみよう もぉ〜〜〜〜〜ん

①人とは違っている

 性同一性障害だってことで、もうそれだけで人と違う強烈な個性を持てているのはラッキーです。簡単に忘れられない存在感を放てます。いい意味でか悪い意味でなのかは、勿論行動次第ですがね。勿論埋没して(※女だとバレずに生活して)いる状態では発揮されないかもしれませんが…。でも経験が人より少し特別であることは間違いありません。

②話のネタ、笑いのネタになる

 僕は不細工だし、背低いし、性同一性障害だけど、殆ど笑い話にしています。勉強、運動、おしゃれ、こういうのはある程度までは努力でカバーできますが、「努力ではどうしようもないこと」というのは、笑いに変えてしまうのが一番手っ取り早い!簡単に顔は変えられないし、背伸びしたらタケノコみたいに伸びていくなんてことないし、完全な男になることは出来ません。それなら笑い話にしてしまえばいい。「性同一性障害あるある話」なんてのもなかなかウケがいいです。

③他者を理解しようと心がけるようになれた

 自分自身がマイノリティだから、他者への差別意識が小さくなったと思います。もしも僕がセクシャルマイノリティじゃなかったから、僕は今より偏見と差別に満ちあふれた人間だったと思います。もちろん今だって、理解できない人やものやことはあります。でもそれは社会動物として当然のことです。大切なのは相手を理解しようとすること。相手のことを考えようとすること、その姿勢です。それが身にしみて分かったこと、これは大きな収穫です。

④「自分」や「社会」の在り方について真剣に考えることが多くなる

 僕たちトランスジェンダーにはまだまだ、人生のロールモデルがはっきりと提示されていません。就職して、働いて、結婚して、子どもを産んで…。そのようなありふれたロールモデルに僕たちは当てはまらないことが多い上、これら一つ一つのステップに困難があります。自分がどのように生きていくか、それを自分の頭で考えて実行していかなければ、潰れてしまう。たとえば就職のとき、もし誰かと全く同じ能力なら、僕らは多分選ばれない。まだまだそんな社会です。だからこそ「自分」のこと、そして「社会」のことを真剣に考えながら自分の社会での立ち位置を自分で作っていく必要があります。そして簡単に負けないために普通の人より努力すること。…本当はこれ、トランスジェンダーじゃなくたってしなきゃいけないことなんですけどね。本来怠け者の僕は、そうじゃなかったらこれらのことを真剣に考えずに何となくいきていたと思います。まぁ、今フリーターなんですけどね!なんならほぼニートだよ!!あれ!?

⑤男女ともに友達が多くなる

 イソップ物語の「卑怯なコウモリ」の話をご存知でしょうか?

昔、鳥の一族と獣の一族がお互いに争っていた。その様子を見ていたコウモリは、鳥の一族が有利になると鳥たちの前に姿を現し、「私は鳥の仲間です。あなたたちと同じように翼を持っています」と言った。獣の一族が有利になると獣たちの前に姿を現し、「私は獣の仲間です。ネズミのような灰色の毛皮と牙があります」と言った。その後二つの一族間の争いは終わり、鳥も獣も和解した。しかし、幾度もの寝返りをしたコウモリはどちらの種族からも嫌われ、仲間はずれにされてしまい、やがて暗い洞窟の中へ身をひそめるようになった。(ウィキペディアより)

 僕は小学生の頃この話を読んで「このコウモリは僕だ」と思いました。そして中学の頃「男子に肩入れするようなマネをした」として女子に仲間はずれにされたとき、やっぱり僕はコウモリだったんだと思いました。自分を責めました。でも、違います。僕はコウモリだけど、卑怯じゃなければいいんです。獣と鳥を繋ぐ架け橋になれれば問題はない。僕には男の友達も女の友達も沢山います。男よりは多くの女友達がいるのは卑怯かもしれませんが、許しておくれ。はっはっは。

⑥「女の世界」も「男の世界」も体験できる

 女にしか分からない感覚、男にしか分からない感覚、というのは多かれ少なかれあるものです。そしてそれは、女の中で、男の中で生きることでそれぞれ確立されるものです。僕は今までの人生の大半を「女の世界」で生きてきたので、他の男より「女の世界」を分かっているものです。女は男が思っているよりサバサバしています。が、男は女が思っている以上にねちっこい。最近感じるのはこういうことですね。女こそ雄々しく、男こそ女々しい。おもしろいです。

⑦でも男でも女でもない、「外野」には治外法権がある

 とは言ってもやっぱり僕らは所詮、外野なんですよね。男の中にいても、女の中にいても、治外法権のごとく従わなくていいことが出てくる。それがいいように働くこともあれば、悪いように働くこともあるけれど。僕らは一生外野です。男にも女にもなれません。でもそれがなんだって話です。

 よくFTMの方は(MTFの方もだけど)性別適合手術をすることで「男に戻る」という表現をしますが、戻るという表現は不適切でしょう。産まれたときに女であった事実や過去は変えられません。「もし本当に男だったらモテモテでしたね」とか「男だったら○○してそう」なんて話をされますが、もし男だったらそれはもう僕じゃない。その人は、今の僕にはなってないんです。そして「もし男だったら○○」な話、悪気がなく言っているのは重々分かっておりますが、トランスジェンダーが言われてこれほどムカつくことはないと思いますよ!気をつけましょう。

⑧特に頑張ってなくても「頑張っている人」と思われる

 「僕実は性同一性障害で〜」なんて言うと、たまに「そうなの、辛いこととかあったでしょ?」「それでも元気に逞しく生きていて感心だね」なんて言われることがあります。こんなにラッキーなことってあるでしょうか?生きているだけで褒められる。すげぇ。まぁ、たまにしか言われないですけどね。

⑨結婚、恋愛、家族形成のプレッシャーが人よりも少ない

 「彼氏できたー?」「彼女できたー?」「結婚いつするの?」「孫はまだか?」これらに対する免罪符、これがトランスジェンダーであるということだ!うん、コレは、負け惜しみだ!!

 …とは言いましたが、こういうプレッシャーって実際いやですよね。まだ結婚しないのか〜なんて聞かれる筋合いねぇよ、と思ってしまいそうです。もちろんトランスジェンダーで恋愛を楽しんでいる方は大勢いますが、永崎公志朗(23)、まだ誰のものでもありません!ひゃはは!

⑩周囲に感謝できるようになった

 僕の周りには僕を受け止めてくれる人が大勢います。身体変える前に一緒に温泉行ってくれる友達ってすごいと思います。まじで。僕のような人間を受け止められない人がいることも、身に染みて分かっています。だからこそ、僕を「性同一性障害のやつ」ではなくて、僕として見てくれる周りの存在ってとても大きい。そうでなくても、人はみんな1人ですが、他人無しでは生きていけません。本当に本当に感謝しています。言い過ぎると軽い感じがするから、後一回だけ言いますが、本当に感謝しています。

つまり

 勿論いいことだけじゃないですよ。嫌なこともある。でも、「そう」であるもんはしゃーないっすから、いい面を探しましょうよ。どんな人にだって嫌なことはあるもんですから。いいこと考えた方が楽しいに決まってるってことです。だから性同一性障害だろうがなんだろうが、人生を楽しみましょう。ね。レインボーウィーク最後の1日が、セクシャルマイノリティにとって楽しい1日になりますように!

FTMカテゴリの最新記事

育毛剤