どもです。今日は強く無力感に覆われたので、そのことを書いておこうと思います。
患者と男の子
今日の貧困スクリーニングは1件のみ。少なくとも4月に僕がクリニックで働き始めたころから来ている患者さんです。仮名をチットとしておきましょう。
チットはやって来るなり、僕の前に慈善事業での支給対象者にのみ渡されるカードをポンと投げ置いて、待合のベンチに行きました。カードはところどころ茶色く汚れています。
他の患者さんにも言えることですが、生活が安定していない人のカードやケアボックスはかなり汚れています。チットはベンチに着くなり横になって寝ていました。「あんな粗野な人だったっけ?」と気になりつつも、必要事項をスクリーニングシートに書き写して準備をしました。
そろそろ呼んでもいいかな、と思ってチットを探していると、同僚が気付いて「呼んであげるね」と言ってチットを呼んでくれました。同僚がチットの名前を呼ぶと、ベンチの向こうから小さな男の子がひょこっと首を伸ばして言いました。「おなかが痛いんだって!」どうやらチットの息子のようです。同僚は同じように僕に伝えてくれて、「あとで来るまで待ってましょう」と言いました。
ほどなくしてチットはやって来ました。男の子も一緒です。よく見ればチットの目には目やにがたまり、服はカードのように茶色く汚れていてボロボロ、ぼさぼさに伸びた髪も水を浴びていないのかベタベタして見えます。僕が「おなかが痛いんですね。少し、質問させてくださいね」と前置きをすると、チットはおなかをさすりながらうなずきました。
無力感は奥歯の向こうと喉元からせりあがってくる
しかし、僕が一つ目の質問をすると彼はマスクを外して口を開け、ベロを突き出してそれを指さしました。口の中がひどく荒れていて、うまく話せないようです。男の子が一緒に来ていたのは代わりに質問に答えるためのようです。同僚も今日はあまり忙しくなかったのと、さすがにチットの様子を見ておかしいと思ったのかみんなそばにいてくれました。同僚がもう一度「今日はここにどうやって来たの?いくらかかった?」と男の子に聞きました。
男の子が少し考えて「20バーツかな」と言うと、チットは「300バーツだ!300バーツくれればいいんだ!」というようなことを言いました。僕も、そして隣にいた同僚もこれには面食らってしまいましたが、同僚が「うん、先に質問だけさせてね」となだめてくれました。
そして僕も質問を続けました。チットが何かを答え僕らが聞き取れずにいると、男の子が「~って言ってるよ」と間に入ってくれます。同僚はもう僕やここだけでは手に負えないと見たのか、事務所にいる上司、僕のカウンターパートに電話をかけました。
僕も簡単ないつも通りの質問は自分で処理しましたが、詳しい話は同僚が聞いてくれました。どうやら彼は今家族から腫れもの扱いされて帰る場所がないようです。今日の同僚のメモに「患者は家に帰りたくないので、ちゃんとした家に住んでいない」と書いてありました。以前の記録には「叔母の家に住んでいる」と書いてあったので、そこでの居場所をなくしてしまったのでしょう。
そして同僚たち(もはや総出になってる)がチットに言います。「ちゃんと病院に来ないと、今日みたいにおなかが痛くなったり、体調が悪くなってしまうよ。結核も直せないよ。薬も飲んで。ちゃんと病院に来て」
この話とチットの名前が今日の来院予定者リストになかったことを考えると、チットはおなかが痛くなったから思い出したように病院に来たのでしょう。事務所に戻ってから慈善事業の過去の記録を見せてもらいましたが、最後にチットの名前があるのは5月中頃です。
長いリストには文字と数字が並び、このひとりひとりに人生があることを忘れてしまいそうになります。
同僚たちは男の子に「学校は行ってるの?」と聞きました。うん、と男の子はうなずきます。今日はチットの通訳をするためについてきたようです。「お父さんのこと恋しいの?」うん、とまた男の子はうなずきます。ごはん食べた?ううん、食べてないよ。見かねた看護師の同僚はお菓子買ってあげるから来なさいと言って男の子を連れていきました。
残された僕とチットと他の同僚は話を続けました。同僚は聞きました「何が必要なの?卵?お米?」チットは「お米」とだけ言いました。「じゃあ私が買うから。それでいい?」チットはうなずきました。
僕はこの一連のやり取りの中にいて目の奥が熱くなりました。でもここで泣いたなんやこいつとなってしまうので、ぐっとこらえました。そして間もなく無力感が奥歯の向こうと喉元からせりあがってきました。自分の心臓の音が良く聞こえ、口の中が乾きました。久しぶりに感じた感覚でした。
何もできないし、そもそも何をすればいいのかもわからない。
忘れてしまわないように
午後は午後で新しい支援のための資料を作るのに忙しく、PCの前で同僚の資料を見るための設定をしたり、Excelとにらめっこをしたりしている間はすっかりその感情も忘れていました。でもさっき家に帰ってきて思い出しました。
今日の話に結論はないです。ただこんなことがあって、こんな風に感じたってのを残しておきたかったので書きました。立ち止まっちゃいけないけど、そういう感情を忘れてもいけないよな、と思います。おわり。