もう会えないと思っていた人に会えた時の喜びったらない。

もう会えないと思っていた人に会えた時の喜びったらない。

どもです。昨日あの記事を書いたばっかりなんですが、なんと今日例の男の子に会うことができました!もう会えないかと思っていたので、めちゃめちゃ嬉しかったです。

※「男の子」の話は過去記事参照

過去記事: 情けない後悔をしないために

過去記事:何もできないボランティア

過去記事:スクリーニング中に一瞬無力感に飲み込まれそうになった話

今の気持ちをぱくたその人に表現してもらいました。

びゃあっほおおおおおおおおう!言葉にできない

あれからの生活

どうやらチットは既にひと月ほど前には亡くなっているらしく(退院したって情報は何だったの?)、男の子はN村には戻らずに、別の村の親戚の家で暮らしているそうです。

今回は結核の健診に来ていたようですね。病院で面倒を見てくれているのはチットが入院しているときに横にいた人の家族だそうです。今は検査中で、予防のために薬も飲んでいるようでした。学校にも通っていますが、学校用の服や靴はないようで、財団の慈善事業用のお金から買ってあげるとのこと。

財団の事務所に男の子が入ってきたときに僕を見て彼の目の色が変わったのもなんか嬉しかったです。「あ!こいつ知ってる!」と言わんばかりに。他のスタッフはほぼ事務所だけか病院だけかのどっちかにいて、カウンターパート(CP)2人もその子に直接会ったことはなかったから、知らない人ばっかりの中に知ってる人がいた!という感じだったんでしょうね。

名前も知らないままだった

CP「この人(僕)のこと覚えてる?名前は?」

男の子「知ってる!でも名前は知らない」

僕「そうだ、僕も名前知らないわ。名前は何?」

男の子「ソムチャイだよ」

CP「あだ名は?」

男の子「バードだよ」

CP「Birdのバードね!トリ。タイの有名なシンガーと同じだわ」

僕「トリのバードか!僕はコウだよ」

CP「あとで学校で使うもの一緒に買いにつれていくから待っててね」

ということだったので遊んで待って待つことにしました。今はJICAの専門家の方が来ていてみんな忙しそうだったのと、ちょっとでも男の子の状況を聞き出そうと1時間くらい一緒に遊びました。折り紙して飛行機とか手裏剣作ったり、絵を描いたり。やっぱこのくらいの男の子は武器とか乗り物が好きだよね。

僕のタブレットの画面見て「え!ピー(年上の人をこう呼ぶ)は中国人なの?」って言ってましたが、前に日本人だって言わなかったけ?あれ?なんかまぁずっとタイ人だと思っていたようです。

「違うよ。これは日本語。日本人だよ」と言ったらスマホ(親戚の兄ちゃんのらしい)
の画面を見せられました。「これ分かる?」って中国語やないか!まぁ見分けつかんよね。日本人がベンガル語とヒンディー語見せられてる感じかね。

まぁとにかくですよ、ようしゃべるしゃべる。びっくりするくらいしゃべる。たぶん後しばらく一緒に過ごしたらもっと悪ガキ感が出るんだろうな、という感じの子。

CPとバード。サインミスったときも、あー!間違えたー!ってめっちゃ騒ぐ。

男のCPケンが英語で僕達に話しかけてきたのにもノリノリで英語で答えるバード。僕が思ってたよりも人見知りとかしないのね。それについては後でも述べますが。

病院で彼と会ってたスタッフがもう一人事務所にもいて、2人で「え?超しゃべるね。正確も違うよね?びっくりなんだけど。クリニックでめちゃめちゃ静かだったじゃん」
と何度も話しました。その同僚と話した結果「やっぱりあのお父さんの前だったから静かだったんだろね」という結論に。

多分他のスタッフも同じように思っていますが僕の懸念は大きく二つ。

①今後男の子が挫折せずに学校に通えるか

気になった点がいくつか。

・バードってタイ語で書いてって言ったら一文字目まで書いてやめちゃったこと
・結核の冊子をCPが渡したが、速攻折り紙にしようとしていたこと。いや、読むために渡したんやで。
・スマホゲームめっちゃやってた。CPがゲームばっかしなさんな!と言うくらい。

学校には友達も多くいるようで通うのが嫌という様子ではありませんでした。
ただ学校が遠すぎていくのがしんどいとは言っていました。同僚が使ってなかったチャリをプレゼント。良かったなぁ。

超逆光。そして颯爽と去って行ったぜ。

②支援の結果「困っていたら誰かがお金をくれる」という依存体質になっていないか

これは彼もそうですが、彼の親戚も。本来は勉強して仕事について自分でお金を稼いで…というものですが、彼の生い立ちを考えるとそう言ったロールモデルはいなかったのではないだろうか。

あとは親戚のところにいるのにカバンや制服を財団で買ってる辺り親戚もそんなにお金がある様子ではないですし。ただチットが亡くなってからこうやって親戚が助けてくれるってことは、やっぱりチットは親戚の中でかなり煙たがられていたんでしょうね。

あとは思った以上に人なつっこいところも、虐待されていた子供の特徴ともとれるかなと。僕が構ってない時には僕のデスクにやってきて僕をじーっと見ていたり、他のスタッフと話しているときにすぐ真後ろに立っていたり。妙に距離が近い。普通の子供はもっと人見知りしたり(僕のことを知っているとはいってもここに来る前から仲が良かったわけではない)、遠慮がちな近付き方をすると思います。お国柄かなとも思ったけど、同僚の子供とかはやっぱり人見知りしてましたしね。ましてや僕は外国人ですから

そして今までのストレス環境が彼が気付いているかいないかは別にして心身には悪影響が残っているだろう、ということ。脳に与える影響で言えば集中力もそうだし、我慢強さとかもそう。

と、あれこれ考えだしたら止まらないわけですが、とにかくもう一度会えてよかった。生きててよかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていたし、最悪の状況ばかりを考えていたから。そして前よりもいい環境にいることを知れて、何より名前を知れてよかったなぁと思います。

ということで、今日は機嫌がよすぎて1人で祝賀会(普段より若干いいものを食べる)をしました。幸。SACHI

まぁここからが始まりですし、別に僕が何かしたとかそんなんじゃないんですが、この1ヶ月半は彼に心を揺さぶられまくりだったので、今日は気持ちよく眠れそうです。

おわり。

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