自信なんか持たなくていいと思っていたけれど。

自信なんか持たなくていいと思っていたけれど。

どもです。僕は昔から「どうしてそんなに自信がないのか」とか「もっと自信を持て」と言われていました。最近でこそ、そこまで言われるようなことはないにしろ、自信満々でいるのは恥ずかしいなと思ってしまいます。今回はその自信について考えてみました。

自信=慢心と感じてしまう

なぜ自信があることが恥ずかしいのかを考えてみました。どうやら僕は自信=慢心のように考えているようです。

自分に自信があって堂々とふるまっている人を見ていると、全員に対してじゃないけれど、なんとなく気恥ずかしさを感じてしまう。こんなこというとまた怒られるのかもしれないけど、「そう言えるだけのことを本当にちゃんとやってるの?」って思ってしまうのです。

 

僕は何においても根拠を求める傾向があるようです。勿論全てのことに明確な根拠があるとは限りませんし、時に根拠のない自信は必要ですが、あまりにも無根拠で裏打ちできる材料がないと、薄っぺらい人だなと感じるんですね。偉そうだなぁ。

 

「自信のある男はモテる」から自信を持て論

あとはこれ、後輩に良く言われていました。

「もっと数を打って、もっと自信を持てばモテそうなのに、そうしないからですよ!」

うるせー僕はモテなくていいんだよ!!

当時(今も)こじらせまくっていた僕は「モテるための要素としての自信」を親の仇のように毛嫌いし、自信満々なモテ男を見ては「チクショウ一回僕の立場になってみろコノヤロー!」と負け犬感全開で苦渋を舐めていたわけです。こじらせFTMは恐ろしい

ところが少しずつ僕も変わっていきました。

 

とりあえず「自信がない」と言うのをやめた

周りに心配されるほどの自信のなさはいろいろとまずいよな、と気が付いた僕は、ひとまず「自信がない」と言うことをやめることにしました。去年くらいだと思います。

 

そもそも本当に自信がないのか?

自信がないなんてわざわざ口に出すこと自体、恥ずかしいくらいの慢心じゃないか?

 

あとは学歴コンプレックスを出すのも同期にたしなめられたのでやめました。今思えばあれは本当に良くない。学歴コンプレックスは失ってはいけないけど、外には出してはいけないものですね、本当に。

 

 

『反応しない練習』に出てくる「自信」

自信について考えるときに思い出すのは、『反応しない練習』です。

 

反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬
KADOKAWA/中経出版 (2015-07-31)
売り上げランキング: 474

 

著者は「自信がない、自信が欲しい」と思う必要はないとしつつも、あえて自信を持つということがどういうことかと言うのなら、以下のように説明しています。

もし唯一「自信」を持てることがあるとすれば、それは「こう動けば、成果が出る」という見通しが立つようになったときです。それはもちろん、行動・体験の積み重ねの後、〝時間の蓄積〟の後に、初めて持つことができます

どんな世界でも、成果を出せる見通しがつくには、「一〇年かかる」と言われます。仕事なら、二十代のうちにスキルや人脈を身につけて、三十代に入ってから責任あるポストを任されるようになります。スポーツや芸能の世界で活躍している人たちも、経歴を見れば、幼い頃からはげしい練習を積んで、一〇年あたりをすぎてようやく頭角を現してきます。どの世界にも〝時間の蓄積〟が必要なのです。

本当は、今この瞬間に、なんの判断も必要ないのです。ただ「やってみる」だけ。そうやって「体験を積む」だけでよいのです。自信をつけるたった一つの 方法を、まとめてみましょう。

①やってみる

②体験を積む

③ある程度の成果を出せるようになる

④周囲が認めてくれるようになる

⑤「こう動けば、ある程度の成果が出せる」と見通しがつくようになる

―草薙龍瞬『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 』(中経出版) より引用(太字は筆者による)

 

僕にはよくあることなのですが、例えばブログで言えば、もう何を書けども書けども薄っぺらくてしょうがないように思えてくるんですよ。要は自分の文章に納得できない。でも何がおかしいのか、何が足りないのかもだんだんわからなくなってくる。「下書きとして保存」ばかりがどんどんたまっていくんですね。

別に仕事として書いているわけではありませんし、好きなように書けばいいんだと思います。でもどうせ書くならちゃんとした文章を書きたくて、持て余した記事は未公開のままダッシュボードの中で眠り続けることになる。

 

ただ昔と違うのは、これを乗り越えた先で僕はまたある程度まともな文章が書けるようになるはずだという見通しが少し立てられていること。

今は思うような形にならないけど、考えるのをぱたっとやめたり、違う角度で考えたりして書いたものを寝かせておけば、なんとなく形になるという経験を持っているからそう思える。

それこそがいわゆる「自信」に繋がるのかなと思っています。

 

活動に関していえばその見通し、つまりあれをやってこれをやっておけば大丈夫というものがないから自信が持てなかったり不安になったりするんでしょうね。じゃあ活動に自信が持てないのって、ある意味当たり前だよなーと思ったのでした。それこそ慢心さね。

 

自身の経験と知識によって、ある程度の見通しを立てながら行動できること。

それを自信と呼ぶのなら、自信を持つのも悪くないなと思いました。

おわり。