「なんかマジメ過ぎてつまんないよね」から考えた、目標は語っておくべきだと思う理由。

「なんかマジメ過ぎてつまんないよね」から考えた、目標は語っておくべきだと思う理由。

どもです。

目標があるならいろんな人に話しておいた方が良いと思います。今日は昔言われたあるセリフからそのことについて考えてみました。目標を語るのは怖い、恥ずかしい、という方にも読んでいただきたいと思います。

考えた末の人生プランは「つまらない」らしい

「国際協力の業界で働いてみたい」と思い国際関係学科に進んだ僕は、「このままじゃ専門性がないから、大学を出たら公衆衛生の勉強をして開発コンサルタントになろう」と思っていました。協力隊の訓練所に入る少し前までは、そのつもりでいました。僕にとっては割と真剣に考えた目標でした。まぁ大学院落ちたんですけどね。

かれこれ5年ほど前の8月、僕はタイにいました。

そこでたまたま知り合った大学教授にたまたまセクシャリティのことをインタビューされました。

そしてその際に当時の将来の目標聞かれ、そのまま話したら「そうなんだ。君は年齢にしては成熟しているみたいだね。自分の性のことも、よく考えていると思う。でも、厳しい道だよね。」という反応をされました。

後日タイで別の日本人に紹介してもらうときに先生は僕のことをこう説明しました。

「彼はね、今休学してバックパッカーをしてるんだけど、大学院を出てMPH(公衆衛生学修士)を取って開発コンサルタントになりたいんだって。

…なんか真面目すぎてつまんないよねー

僕はそう言われて少しびっくりしましたが、いつものように愛想笑いをして頭を下げました。

 

ある意味忘れられない瞬間

やりたいことと、必要とされること

でも僕も僕で「たしかに、それってちょっとつまらないのかもな」と思ってしまったのです。あれだけ考えてたどり着いたのに、良く知っているわけでもない人に「つまらないよね」と言われてあっさりそんな気がしてしまった(だからその教授に対してマイナスのイメージもない)。

その後も僕はその目標を持ったまま3年ほど過ごすことになるのですが、ずっとその教授に言われた「つまんないよね」が引っかかっていました。痛いわけではないけど気になる、靴に石ころが入ったまま目標に向かっているような感じ。

僕が自分の目標を「つまらない」と評されても悔しかったり悲しかったりしなかったのは、その目標が自分が心の底からやりたいと思ったことと言うよりは、どちらかと言えば世の中のニーズに合わせた目標だったからだと思います。

 

そもそもMPHを取って開発コンサルタントになるのは、つまらない以前に僕の能力的にも厳しかったとも言えます。事実、院試に失敗しています。教授は「この子には厳しいよな」と思っていたのかもしれません。僕の学歴を見ればそう思ってもおかしくはないでしょう。

だからMPHを持って開発コンサルタントをしている人への憧れというか、尊敬の気持ちは未だにありますし、ましてその人の人生をつまらないとは思いません。僕にとってはそうだったのかもしれないと言うだけの話です。

 

このブログを書き始めたばかりの頃の僕の目標はまだ、先ほど書いたMPHの方です。しかし以前この記事で書いたように、僕は帰国後に公衆衛生を学ぼうとは思っていません。

過去記事:【青年海外協力隊】帰国後の進路と目標について

当面の目標は「行動科学と心理学を使って貧困の連鎖を断ち切るための専門家になる」ということです。これを指針にして就活をしています。

 

今僕がやりたいと思っていることは、傍目からどう見えているかは別にして、僕にとっては本当にやりたいことであり、きっと世の中にも必要であろうことであり、僕が好き(得意、もっと学びたい)なことでもあります

 

夢が全くブレないのは「危険」な可能性もある

一貫性の原理という言葉をご存知でしょうか。「人は自身の行動、発言、態度、信念などに対して一貫したものとしたいという心理が働く。」というものです。

通常、僕たちは一貫性のある人を信頼します。それは人間の本能です。コロコロと言うことが変わる人のことを信用してしまったら、痛い目に遭うかもしれませんよね。

そして一貫性があると選択(思考)を自動化することができます。一貫性により、いちいち考えなくても朝起きて顔を洗って歯を磨いて…という習慣を作るからです。

このようにミクロレベルでは役に立つ本能だとしても、もっと長いスパンで考えてみたらどうなるでしょうか。

 

 

自分は会社員として生きていく、公務員になる、青年海外協力隊になる、一度そう決めたのだから、本心ではもうそれをすることに興味がないけれど、一貫性を保つためにその行動をとり続けてしまう。

そして「本当に自分はこれがやりたいのか?」なんて考えることなく、自動化された思考の中で生きていく。

昔テレビで島田紳助だったか誰か(記憶が曖昧)が、「夢がころころ変わるのは悪いことではない。むしろ変わらないってことはそれ以外の可能性を考えられていない状況だから、それにとらわれすぎるのも逆に危ない」と言っていました。

 

面白くないと思った本でも「もったいないから」と読み続けてしまう、もう何回も負けているギャンブルに「次こそは!」とまたお金をかけていく…サンクコスト効果のような現象が起こってしまいます。

(この話は過去記事:行動経済学の用語を具体例付きで分かりやすく解説してくれるってよ。にも書いてあります。)

つまり今の世の中、動物の生存率を高める「本能」が必ずしも人生に良い結果をもたらすとは限らないんですよね。

目標を人に話すメリット

夢や目標を人に話すのはそれを実現する近道でもあります。

口に出して言ったからには必ずやらなきゃ!という一貫性による態度の強化にもなりますし、しつこいくらいに言っていると周囲の人が応援してくれたり、状況を提供してくれたり、新しいつながりができたりするからです。

頑張っている人を叩きたくなるひねくれ屋さんもいますが、世の中の大多数の人は、目標を持って頑張っている人を応援してくれますし、その目標がみんなの役に立つ目標なら、喜んで助けてくれます。人は大義名分、錦の御旗に弱いのです。

またさっきの僕のように「つまらない」という一言で自分の目標を疑い、再度考え直すようなきっかけになることもあります。逆に言えばその程度の夢だったとも言えますが、自分というフィルターだけで見るよりは、たくさんの人の目にさらされた方が良いはずです。

僕がブログを書くのもそういったことが理由です。

 

臆病者のための目標の語り方

さらにこの一貫性は、上でも述べたように人間の信頼にも大きくかかわっています。

自分がやりたいことがあっても声を大にして自分の目標を掲げたり、人に語ったりすることができないのは「もしそれを成し遂げられなかった時に人に叩かれたり、安易にやりたいことを話してそれが途中で変わったときに『飽きっぽいやつだ』と評されたりするのが怖いから」という風に、「一貫性に反したことによる周囲からの評価」を恐れているから、という人もいることでしょう。

自信がない人は、ブレがあっても許されるような少し大きめの範囲で目標を語ることからはじめるといいのではないかと思います。

僕は国際協力の業界で働いてみたい!ということだけは高校生の頃からずっと言っていますが、その内容自体は教育になったり公衆衛生になったり、行動学になったり…と随分コロコロと変わっています。はっきり言って全く信用ならない奴です。

しかし僕の評価、主に協力隊になることが決まったときに言われたことの多くは

「昔からの目標に近付いていっててすごい!」

という評価。僕は青年海外協力隊なんかになってたまるか!と思っていたにもかかわらず、です。笑

まとめ

自分が本当にやりたいことは何なのか?それを探すのは簡単なこととは言えませんし、本当にやりたいと思っているつもりのことが、そうでもなかったということもあります。

今僕が思っていることだって、本当にそうなのかはもっともっと行動しなければわかりません。

どんどんやって、違ったら次に行く。なんか引っかかるなと思いながらも何もしないのが一番良くなくて、やってみなきゃ分からないのでしょう。

信じてみることが甘いかどうかは自分の舌で舐めてみなけりゃ、がっつり噛みつかなきゃ分からないとポルノグラフィティのハルイチも歌っていましたね。

 

僕は他人の目標の話を聞くのも好きなので、大々的に言う勇気がないという人はまずは僕に教えてもらえると嬉しいです。

おわり。

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